朝日が昇ったな。寝心地の良い車ではないが、ボロ車でも雨風に打たれないから、良しとしなければならないだろう。それにしても二日も風呂に入っていないと衣服に浸み込んだ汗が臭い。こんなに汗臭くなるとは思っていなかった。不思議なもので、何もしていないのに自分が指名手配されている事を知ると、本当にグラス者になったような気分になる。
昨日の事だった。コンビニの前を通ったとき、店頭に並べてある夕刊に私の写真が載っていた。指名手配されたんだな、と直感した。人目を盗むようにコンビニの弁当を買う。レジに立つ店員とは絶対に目を合わせられない。小銭を探す振りをして自分の財布に視線を注ぐ。
長い逃亡生活を送っている訳ではないが経験するものでもない。だが、その思いもすぐに解決されるだろう。山岡にこれまでの経緯を正直に話すと「一緒に警察に行こう」と言ってくれた。もう意味もなく逃げるのは止めよう。
待ち合わせた場所に行くと、すぐに山岡が近づいてきた。だからといって何かを、言葉を交わす訳ではない、二人で警察署に向かって無言で歩き出す。五分も歩かないうちに「広島東警察署」の建物が見えてきた。
数段ある階段を山岡が先頭となって登り、重苦しい雰囲気の扉を開ける。と同時に署内にいた警官が数名、私たちに視線を向けた。不思議と、指名手配されている私の事に気づかない。
受付のカウンターに向かって山岡が近づき、そこにいた女性警察官に声をかけた。驚いた顔付きで対応する女性警察官は、あわてた様子で署内の奥に早足で向かった。つれてきたのは上司の警察官だろう、穏やかな顔付きながら、これまでのキャリアが風格を漂わせているようだった。
取調室はもっと寂しい雰囲気があると想像していた。打ちっ放しのコンクリートで作られた部屋に、ぶっきらぼうに置かれた二対の机とイス。僅かに設けられた窓には黒錆びの浮かんだ鉄格子がはめられている、と思っていた。
だが実際に通された部屋には、光り輝く木目調がかすかな光に反応し、高級感を漂わせる低めのテーブルと腰を深く沈められるソファーがあり、私たち二人はそのソファーに座るように勧められた。次のページに続く
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