「あなた、気をつけて行ってきてね」っか。何年ぶりだろ、妻が艶のある声で家を送り出したのは。それにしても女という生き物は、バッグひとつで、あんなに態度が変わるのかな? だとすれば、時にはプレゼントも良いかも知れない。十万円なんてあっという間になくなったな。
なにしろ一昨日なんか、社の連中が十人以上集まったし、みんな馬券で稼いだと思っているから遠慮しない。おかげで、その時だけで三万円以上の支払いになってしまった。まぁいいか。どうせ元手は拾った金だし、変に持っていても人からは怪しまれるし、会社のみんなにはたかられるし。
ネコババした金なんて持っていないほうが気楽で良いや。「おはようございます」……あれっ変だな、返事が返ってこない。みんなテレビを見たり、帳簿を見たり、天井を見ていたり、まるで私を無視している? いつもの社内と雰囲気が違うような、確かな証拠は無いがそんな気がする。
「篠塚君、ちょっと奥の部屋まで来てくれるかな」何だろう……やはりあれかな。ネコババしたことがばれたのかな? 「篠塚君、悪いけど君、二、三日ほど仕事を休んでくれないか?」「休む? どうしてですか、社長」「いや、特に理由はないが、仕事を休んで、自宅にいて欲しい」
なんか変だな。「ネコババしただろ」などと聞かれると思ったのに。理由もなく仕事を休めと言っている。それにネコババした事がばれたのであれば、それを正当な理由として言うはずだ。それなのになぜ? 「それって自宅謹慎という意味ですか?」
「いや、そうじゃないよ。とにかく理由は聞かずに、仕事を休んで自宅に居て欲しい。俺からの個人的なお願いだ。頭を下げているんだから頼まれてくれるね」「ハイ、分りました」次のページに続く
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